【薬に頼らない治療】ナチュラル心療内科のブログ

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迷走神経パラドックス

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不随の背側迷走神経は、副交感神経として主に横隔膜より下の腹腔内の消化管などの内臓の働きを制御しており、一部は横隔膜より上の胸腔内の心臓や気管支にも分布しています。動物が極度のストレスを感じた時に脱糞する現象は、この無髄の背側迷走神経の働きにより腸の動きが亢進することによります。人間においても、この背側迷走神経の過活動による消化管機能亢進状態となり下痢や腹痛を起こすと考えられます。

通常は、防御反応として無髄の背側迷走神経による不動化システムが働かないのは、第一段階の社会交流神経系の有髄の腹側迷走神経が主に働くことによると言われています。その場合、背側迷走神経はいわゆる副交感神経として一般的な内臓の制御を行うことになります。すなわち、背側迷走神経には不動化と副交感神経の2通りの働きを持っており、社会交流神経系が上手く機能しないと不動化が起こりやすくなるのです。

このポリヴェーガル理論による考え方は、これまでよく分からなかった迷走神経パラドックスという現象を説明することができます。従来の考え方では、迷走神経は副交感神経系としての1種類だけであり、社会的交流の中で交感神経系の働きに対してブレーキをかけ代謝の需要を減らし、「健康」「成長」「回復」を促す役割を担っているとされていました。しかし現実には、「不動(失神)」「徐脈」「無呼吸」といった生存にとって非常にリスクを伴う反応にも迷走神経はかかわっており、この相反する矛盾は解明されていませんでした。

哺乳類の不動化による防衛戦略

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哺乳動物における不動化は、捕食動物に捉えられても一瞬の隙に逃げ去るというラストチャンスを狙った防衛反応と言えます。中でも極端な不動化による擬死状態になる哺乳動物として有袋類のオポッサムが有名です。一般的な哺乳動物は、外敵に遭遇した場合交感神経の働きによる闘争・逃走反応をまず試みますが、オポッサムはいきなり身体を丸めて固まったように横に倒れ、半開きの口から舌を出し腐敗臭(死臭)を漂わせるのです。

人間の場合は、「気を失って倒れる」「意識はあるが身体の一部または全体が全く動かなくなる」「普段とは異なった意識状態になる」「感情や感覚を感じなくなる」「身体の感覚がわからなくなる」などの反応として不動化による防衛機制が起こります。哺乳動物としての人は、実はこれらの反応によりストレス状況から身を守っているのですが、人間社会では普段とは違う異常状態であり、転換反応、解離状態、失感情症、失体感症などと表現され「症状」や「病気」として扱われます。

最近のDVや虐待の報道においても、被害者である子供や女性にも恐らく無意識の防御反応としての不動化が起こっていたのではないでしょうか。3通りの防衛反応の中で、2番目の交感神経系優位の闘争・逃走反応は、加害者との力関係が同等または優位である時に選択できます。しかし圧倒的な力関係の差がある場合は自分の生命を守るために、無意識レベルで3番目の不動化が起こると考えられ、その結果身体が固まってしまい全く抵抗できない状態になってしまうのです。この状態は、本来背側迷走神経による正常な防御反応であり、本人に非は全くないのです。

昆虫や爬虫類は擬死(死んだふり)で身を守る

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哺乳類では生存戦略の最終手段となる不動化戦略は、昆虫や爬虫類では主役となります。例えばてんとう虫やバッタなどに触れると、固まってしまい全く動かなくなります。これは、昆虫の主な捕食者であるカエル、トカゲ、クモなどは動くものしか攻撃しないため、不動化戦略が昆虫にとっては最善の防御手段となるのです。擬死の持続時間は通常数分から数十分ですが甲虫類の場合は数時間に及ぶこともあるそうです。

トカゲなどの爬虫類も、身に危険を感じるとじっとして動かなくなり背景に溶け込んでしまいます。元々酸素消費量が哺乳動物に比べて非常に少ないため、無呼吸状態でも代謝を落とした仮死状態になることで数時間は生命活動を維持することができるのです。爬虫類の迷走神経は無髄の太古の迷走神経で、「不動」「徐脈」「無呼吸」という極端にエネルギー消費を抑えた状態にすることで捕食される危険から身を守ってきたのです。

系統発生学的に、爬虫類と違って哺乳類は2つの迷走神経回路を持っています。爬虫類と同じ無髄の迷走神経と、進化の過程で有髄化されている哺乳類特有の神経回路です。哺乳類における無髄の迷走神経は、安全な環境下では内臓の働きを制御し恒常性を維持するという、一般的な副交感神経としての働きをしています。しかし、この神経系が防衛反応として使われたときには、哺乳類でも「不動」「徐脈」「無呼吸」状態になり、代謝を落としたシャットダウンシステムが働き完全に脱力して崩れ落ちたようになってしまうのです。

 

最終手段の“不動化”という防衛戦略

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ストレス状況下で身を守る闘争・逃走反応は、自律神経系の進化の過程で2番目に発達した交感神経の働きが主役となります。この身体を動かす可動化(Mobilization)で対応できなかった場合、最終手段である不動化(Immobilization)という防御反応を選択することになります。この時の主役は、系統発生的に最も古い無髄の背側迷走神経という自律神経です。この動かなくなる不動化には、身を守るために次の2通りの役割があります。

一つが擬死(死んだふり)と言われる一種の仮死状態になることで、捕食動物から逃れる最後のチャンスを作り出すことです。昆虫や爬虫類でよく見られますが、哺乳類や鳥類でも最終手段としてこの状態になります。もう一つは、最終的に捕食動物に食べられることになった場合、一切の感覚を遮断し気を失った状態になることで、全く苦痛を感じないで最期を迎えることができるようにということです。

捕食動物は本能的に動くものを追いかけようとします。これは腐敗した状態の獲物は食べないため、動いているということで食べても安全であると判断しているからです。そのため、全く動かない状態になることで獲物と認識されず助かる可能性が出てきます。そして、たとえ捕まったとしても抵抗しなければ、捕食動物の自律神経が闘争から休息(お食事モード)に切り替わり、一瞬の油断した隙に逃げ出すこともできるのです。